2009年6月
★究極の鶯の声
もうたまりません。スダレ越し1mの至近距離。「鶯」の顔は見えない。どうしても見えない。あわてて、レコーダーをセット。たった1分間の「音の饗宴」でした。やがてどこかご近所へ浮気しに行っちゃいました。また、いづれ来てくれるでしょう。
それではたった1分間ですが 「究極の鶯の声」 をどうぞ。綺麗すぎて耳に響きます。本物はやっぱり<艶があり舛>なあ。江戸や猫八さんに聞かせたいほど美しい声でござい舛。
●「千」の字は跳ねている
(続き)
鳶頭政五郎さん曰く『熊が愛さんよ!、人生何でも<バランス>よ。お仮屋つくりもバランス。梯子乗りもバランス。<千の字もバランス。いいバランスしてんだろ>。人生みんなバランスなんだよ。しっかり生きんなよ』。なんとも含蓄のある言葉でしたね。
江戸町火消が設置されたのは享保3年(1718)徳川八代将軍吉宗の時代である。約300年前からの「江戸町火消二番組内千組(えどまちびけし・にばんぐみ・ない・せんぐみ)」を今に引き継いでいるのが政五郎さんだ。
この奉納額は、成田山新勝寺にあるという「火消千組の図」というものだ。天保3年(1832)3月に奉納されたもの(一勇斉国芳作)という。今から約180年前の話だ。~鳶頭に見せていただいた43年前の「国際写真情報誌(1966.2)」より拝借~。
一部を拡大して見ると、確かに江戸町火消が設置された300年前からから「千の字は、<下がハネてる>」。<ハネてる>のには意味がある。鳶の道具<くぎ抜き>を意味するからだ。そこに政五郎さんのこだわりが或る。江戸町火消を語るとき、けっして千組(せんぐみ)を(ちぐみ)と呼ばないように、覚えておこう。
そうそう、1年前銀座8丁目で催された「政五郎講演会」を思い出しました。85分の熱演。
山口政五郎「江戸町火消を語る」。
kuma3秘蔵のビデオをお見せします。どうぞ、ご興味のある方、じっくりとどうぞ。(ダウンロードに多少時間がかかります。)
●政五郎さんの好きな「千」の字
鳶頭政五郎さんの「祭り仕事」のスライドショーDVDを制作して差し上げた。先ごろの神田祭の時のお仮屋造り一部始終だ。二拾枚程度お作りしたが、大変喜んでいただいた。
内容的には、kuma3舞ろ愚「●政五郎の祭り仕事Ⅰ【5夜連続】」の全編とほぼ同等なものだ。通常のDVDプレーヤで見られる画面サイズのDVD制作にはレンダリングにとても時間を要する。高性能なPCが欲しくなるのはこの時だ。でも、先立つものがない。tohoho。
先日、『江戸町火消二番組内千組』を今に伝える政五郎さんに、一番気に入っている<『千』の字>はどれかを聞いてみた。それがこの団扇に書かれた「千」の文字だ。いろんな書家に今まで書いてもらってるが、これが一番気に入ってるとのこと。この「千」の字はよ~~く見ると<活字にない特殊な文字なんだ>。つまり「下がハネている」んだ。よく「千組(せんぐみ)」を(ちぐみ)と間違われるのもこれに起因する。
確かにすばらしい江戸文字だ。すばらしい筆使い、すばらしい曲線、そんな気がしてきた。
政五郎さん曰く『熊が愛さんよ!、人生何でも<バランス>よ。お仮屋つくりもバランス。梯子乗りもバランス。<千の字もバランス。いいバランスしてんだろ>。人生みんなバランスなんだよ。しっかり生きんなよ』。なんとも含蓄のある言葉でしたね。(続く)
★鶯の声WO気にする街
「鶯の声」以前にお知らせした通りで御座います。5/24「★鶯の声DE目覚める街」、5/27「★鶯の声 NI 酔いしれる街」。あれから1ヶ月。まだまだ、鶯クンはご健在なのであり舛。本日はその3弾。<★鶯の声WO気にする街>。わが街「柏市大津ケ丘一丁目」に『鶯』が<完全に>棲みついたのでございます。どうもこの街が気に入ったようなのであり舛。カレコレもう2ヶ月になりましょうか。
『今日はこの家、明日はその家、あさってはあの家』と毎日アッチコッチの家の庭を徘徊し、「お~~い起きろよ」「お~~い、昼飯だぞ」「お~~い、夫婦喧嘩するなよ」・・・なんて言ってるかどうか。耳元できれいな鳴き声を聴かせくれます。この頃の日の出は4時25分ごろ。その時刻には決まって「起床ラッパ」ならぬ「鶯の起床ささやきラッパ」が住民の目を覚ますのでございます。そのきれいな鳴き声に昨日の疲れも吹っ飛び、さわやかな一日が始まるのでございます。
この街では鶯の声が聴けないと誰しもが心配し、「今日は居ないねえ」「どこへ行ったんだろうね」なんて、それが日常会話になってしまっており舛。さあさ、きょうはテレ・ワーキングの日。仕事仕事。kuma3としては、そういう環境の中で毎日仕事をしてるわけでござい舛。うれしいのでござい舛。シアワセでござい舛。
そんじゃ、今日の朝の鶯の声を皆様にも「おすそ分け」 。2分間でござい舛。
★すばらしい寄席文字仲間たち
昨日は、寄席文字の稽古の日。<橘右橘>先生を師と仰ぐ寄席文字仲間が町屋に集まった。過去最高30名弱が参加。部屋はほどよく満杯。この頃どんどん新しい仲間も増えている。
そして、講座終了後は恒例の反省会、夜9時スタート。終了時刻は・・・(不明)。右橘師匠も忙しい時間を割いて必ずといって反省会に出席していただける。この時ばかりは、目線を同じにして会話させていただける、すばらしい師匠だ。寄席文字ばなしと世間話に花が咲く。1ヶ月に2回、たった1時間半だけど、誰もが満面の笑みを浮かべて語り合うひと時。職業をこえ、年齢をこえ、地域をこえ、そんな仲間たちと会話できるのも又すばらし。立場はそれぞれ違えども、共通点は「寄席文字が好きだ」に尽きる。すばらしい仲間たち。
オ~~ッと、いま鶯がkuma3ちの庭にきました。「ほ~~ホケキョ」。ニュース速報「マイケルジャクソン」が死亡したそうですよ。kuma3にはあんまし影響がない。ちゅうかまったく影響ない。
●銀座で不定期例会2500圓也
kuma3の会社仲間(こよう延長組)で「HPL(ハッピーライフ)の会」というのがある。要するに言ってみれば「銀座で、3000円以下で、夜八時にはお開き」という飲み友達の会である。会員は7名。今日はkuma3出社の日。それにあわせて開催。4人出席。何とか新企画を・・・。あわよくば・・・。ということで。
ご覧のような<かんばん>を勝手に作って持参。自席の目印に、いや、『こんなに愛しています』っていうアピールに。obaka3 DESU。今日はその初日。まあまあ、なんとナント「期待通りの効果」がありました。<作戦成功!>
オバチャン店員(通称トメさん)の自発的意思で、芋焼酎1本差し入れ、しかも<ボトルキープ付>(この言葉久しいね)。 予算3000円以下を常とするのHPLの会にとっては、この上ない喜び。感激。一同最敬礼。さらに、副店長がうれしさの余り、御礼のご挨拶に来席。写真撮影をしたいった。「こんなオバカさん連中がいるとか・・・」社内報に載せる?。
というわけで、楽しい一日が過ぎたのであり舛。
最後にトメさんから「不定期じゃなくて、定期にしてね」という言葉がグサットささったのであり舛。おっしゃるとおり。CHANCHAN。
追記:もちろんこの看板kuma3制作(為念)
●柏市所蔵「砂川七郎コレクション」
kuma3ちの近くに「柏市郷土資料展示室」というのがある。<資料【館】>ではなくて<資料【室】>と言うところに奥ゆかしさがある。なんとなくこじんまりしてる感じがいい。実際こじんまりしている。
旧沼南町庁舎(いわゆる町役場)の一部を改造したものだ。今、柏市所蔵の「人間国宝の染色家・芹沢銈介作品展」~文字と彩りⅢ~が開かれている。
この3月に静岡市の芹沢銈介美術館を訪問したことがあるが、まさか地元でこんなすばらしい<本物>を見られるなんて驚き。解説員の話のよると、芹沢銈介氏の作品は全国で静岡市についで2番目に多く、<柏市が600点ほど所有してる>とのこと。

これは故・砂川七郎氏が収集したもので、もともと個人運営の「砂川工芸美術館」として公開されていたものを、氏が柏市にそのコレクションを寄贈。その後、柏市沼南庁舎(旧・沼南町役場)で一部を公開してると言うわけなんです。
柏市が所蔵する「砂川七郎コレクション」については柏市のHPこちら。
いま、茨城県筑西市「しもだて美術館」でも展覧会が開かれてるんですね。
■佐倉宗吾旧宅
宗吾霊堂の帰り道、佐倉宗吾旧宅へ寄ってみたった。車1台分の幅しかない狭い道路を入っていったところにあった。「朝夕は見学をご遠慮ください」との張り紙があったが理由がすぐわかった。何と<当主が今も住んでいる>のだ。
寄ったのがちょうど17:00ちょっと前だったが、気持ちよく見学させていただいた。
昔は茅葺だった。350年前の建物。歌舞伎役者が「佐倉義民伝」を演じる前には大抵この家を訪れ、位牌に手を合わすという。
当主第16代木内利左衛門氏(90歳)。わざわざ奥の居間から出てきていただいて、「佐倉義民伝」の講釈を15分間していただいた。

佐倉宗吾が妻子と別れの水盃を交わした井戸が残ってるなんて、まあ驚きでした。(6/17)
■なに!ゴスペル風「般若心経」だと!
関西の友人のブログで紹介されていた。こりゃ、珍しい。
友人曰く。
「高台寺の住職が破天荒な企画をし、お経を歌曲に仕立て上げた、というのだ。ゴスペル風に編曲し、それを「つのだ☆ひろ」に歌わせるという、尋常ならざるたくらみではないか。お寺さん内部で議論が展開されたのかどうか審らかではないけれども、それはさておき、面白きことであるのは間違いない。そのゴスペラ風般若心経はこうだ。
一聴以降、般若心経という言葉を聞けば、知らずスイングしてしまう。えらいことではある。」
ほんとほんと。kuma3もスイングしたくなった。
あの「般若心経」が、こんな風にアレンジされてしまってるのだ。まじめだ。
・作曲:ベートーヴェン
・作詞:玄奘三蔵
・編曲・歌:つのだ☆ひろ
・企画製作:寺前浄因(高台寺岡林院住職)
ですって。youtubeより拝借。
ここに発売当時の新聞記事がある。もう9年も前の話なんだね。でも、すばらしい。
★「久助」で充分です。
いつだったか、習い事の師匠に「久助」の意味を教わったことがある。その業界では『常識』ことば。
「・・・ちゎ~~、久助ありませんかぁ~~、ひとつ下さいな」てのことを言ってみたいもんだ先日、近くのスーパーで「久助」を買ってみた。もちろん、oku3の目を盗んでこっそり買い物かごへヒョイ!。
みなみなさま、「久助」ってその意味をご存知ですかな。みんな知ってますよね。知らない?では、知った振りして・・・薀蓄を。
===~~~
『「久助」とは、「菓子の製造過程で割れたり欠けたりしてしまった煎餅やあられを、種類問わずまとめて詰め込んで割安で販売する、お買い得の詰め合わせのこと」をいう。
===~~~
つまり規格外って訳だ。kuma3とおんなし。菓子業界では常識言葉。その諸説はイロイロあるが
・不揃い→十に満たない→九→「九助」→久助
・吉野葛の別名「久助葛」に掛けたダ洒落(葛=屑:二級品)。 とかとか。
で、この「久助」、結構いろんな味が入っててうまかったね。kuma3「久助」で充分です。口に入ったとたんに、こわれ煎餅だもんね。haihai<オカイドク>
今度、江戸に出張ったら、どこかの煎餅屋さんで
「こわれ煎餅ありますかぁ~~」てなんてダサイこと言わないね。「<久助>ありますかぁ~~」って言ってみよう。ちょっと<粋>じゃありませんか。たった言葉一つで違うもんだね。
●平成37年まで生き抜かねばならぬ
本日の新聞。(産経さんちょっと拝借)
だれが、「なんてったって」「どうみたって」結果は出てるじゃないか!直線ルートで何の文句があるのさ?
<速い、安い、短い>。なんでイチャモンつけんのさ。『南アルプス』ルート、1県1駅でいいじゃないか。長野県は飯田でイイダ!
6400億円もムダ使いするなよ。それより早く結論を出しておくれ。東京から30分で墓参りができる。そうなれば毎週行くことができる。kuma3何としても、何としても平成37年(気が遠くなるが)まで、生き延びなくてはならぬ。何とか80歳まで生ききるから頼む。それ以降は生きる自信はない。何とか期限をまもってくれ。こっちもそろそろ秒読みの段階に突入するからね。がんばれJR東海。
★佐倉惣五郎(宗吾)の思い出
kuma3の母の声が聞こえてくる。その昔、母の背中で聞いたものだ。もう世の中からは忘れ去れてるだろうが、『一番はじめは一の宮』という数え歌をご存知だろうか?。明治後期~昭和時代にかけて全国で歌われていた手まり歌・お手玉歌のひとつである。大正時代に生まれ、昭和を生きた母の好きな歌だった。夜なべ仕事をしながら口ずさんでいたような気がする。
一番はじめは一の宮
二は日光東照宮
三は佐倉の惣五郎
四は信濃の善光寺
五つ出雲の大社(おおやしろ)
六つ村には鎮守様
七つ成田の不動様
八つやはたの八幡宮
九つ高野の弘法さん
十は東京本願寺
メロディは、こうだ。特に「三は佐倉の惣五郎」の一節が脳裏に焼きついている。
kuma3の故郷は南信州・飯田市。小高い丘の上に佐倉宗吾(惣五郎)を祀る「佐倉神社(佐倉さま)」があったことからも、記憶に残っている。かの有名な画家原田泰治氏の絵本「とうちゃんのトンネル」でも出てくる佐倉さまである。佐倉宗吾の本名「木内惣五郎」。今から350年前の実在の人物だ。
前置きが長くなったが、kuma3ちから1時間半余りの成田市・宗吾霊堂(鳴鐘山東勝寺)で「紫陽花が見ごろ」とのニュースを聞きつけ、行ってみた。宗吾霊堂といえば。歌舞伎「佐倉義民伝」の主人公佐倉宗吾を祀ってあるお寺さん。いつも成田空港へ行く途中だが、訪ねたのは2回目。時期が早かったのか、大した紫陽花に会えなかったのでガッカリ。
この紫陽花は鉢植えなんです。

これは成14年には、歌舞伎役者の中村勘九郎(現 勘三郎)があじさい植樹を行ったもので、「佐倉義民伝」が宗吾霊350年祭を記念して、歌舞伎座で上演されたことによるものだそうだ。
帰り道、幅3mの細い道を行き「宗吾旧宅」も訪ねてきましたが、なんと意外な展開が。今を生きる第16代当主の方のお話を聞き、さらに木内家伝来の【家宝】を見せていただきました。いずれまた。もしかしたらWeb本邦初公開でしょう。
●街の灯かりが とてもきれいね
ヨコハマ ブルーライト・ヨコハマ♪♪
この頃、JR駅のあっちこっちにこの看板を見る。『ブルーライト・ヨコハマ』である。JRの宣伝なのだ。
一体どうしたというのだ。<あの歌が聴こえる。ヨコハマ>とな。kuma3もそう思う。
そう、あれは1968年、昭和43年だった。今から40年前だ。確か同い年、いしだあゆみは、いい娘だった。学生時代真っ只中。45回転のドーナツ盤レコードをすぐ買いに行ったね。下宿でよく友と歌たったもんだ。懐かしいねえ。青春は帰らない。顔をいじくったあゆみはあれから好きでなくなった。ミニスカートのあゆみはよかった。今は、お互いに、タブン60を超えたと思うが、あの頃のあゆみに、も一度逢いたい。
<あの歌が聴こえる。ヨコハマ>次のバージョンは、当然『伊勢佐木町ブルース』だよね。タラッタ・タララタ・タッ♪♪ おっと、三奈ちゃん、もうとっくに逝ったんだっけ。
■東海道下総国相馬郡大井郷
オラが街の『柏市郷土資料展示室』をのぞいてみた。自転車でぶらりとね。
kuma3が今から30年前、この地に居を構えた時の住所は「千葉県東葛飾郡沼南町大井字栗山向」といった。なんと長い住所だったことか。その後、沼南町大津ケ丘,そして柏市大津ケ丘となった。本日の産業経済新聞によれば平成11年より国が主導してきた『平成の大合併』も来春で終わりという。3232市町村あったものが1760にまで減る見込みだと。時は流れる。kuma3も齢を重ねる。tohoho。
そう、今の柏市は39万都市、市川市についで千葉県では5番目だ。多けりゃいいってモンでもないが。こうしてみると、熊谷市長の千葉市は抜きん出て、大きな都市だね。
| H21.5.1 | 人口数 |
| 千葉市 | 952,678 |
| 船橋市 | 597,236 |
| 松戸市 | 483,722 |
| 市川市 | 475,252 |
| 柏 市 | 396,056 |
| H21.4 | 増加人口数 |
| 千葉市 | 2,180 |
| 船橋市 | 1,416 |
| 柏 市 | 1,238 |
| 市川市 | 939 |
| 松戸市 | 704 |
その昔、東海道下総国相馬郡相馬郷・大井郷と称したという。

さらに「かしわの村々」を見てみた。地元でなければ興味はないが、いまの地名もよくわかる。
あの有名は「小金牧」はここにある。
★花道よこDE観劇DE感激
先日、新橋演舞場で「NINAGAWA 十二夜」歌舞伎を観劇して参りました。シェクスピアの喜劇「十二夜」をよくもまあ、歌舞伎に仕立て上げた演出家NINAGAWAさんに感激。それはそれは、すばらしい歌舞伎でございました。大道具のすばらしさもまた、まばゆいばかりでございました。
そしてまた座った席が、花道のすぐ横、揚幕のすぐ手前で、役者の息づかいもモロに感じることができました。先方の了解を得て写真を撮らせていただきました。こんなところから観劇しました。
ちなみに、この筋書きも「キラキラ」している表紙でさすが、その雰囲気が出てました。
まさに、『花道よこDE観劇DE感激』!と。、まあ途中何回も睡魔に襲われ、その度に横からきつい「ひじ鉄」をくらうのでございました。
●下町の祭り:矢先稲荷神社
先日の日曜日、習い事の帰り道、下町の祭りをちょっとのぞいてきました。浅草の矢先稲荷神社。われら橘右橘師匠に寄席文字と勘亭流文字を習っている仲間「もしもじ會」の世話人<合羽橋の奈可"瀬(ながせ)>さんの地元なんです。
な、なんとこの案内掲示の江戸文字は、江戸文字書家としての奈可"瀬さんの揮毫。大したモンです。うまいモンです。
こんな感じ、適当な人数で、なんともいいですね。
宮神輿の練り歩き風景は別途ご報告申し上げますよ。nagase3!
そうそう、7/6からは「下町七夕まつり」が、かっぱ橋本通りであるんですね。またまた奈可"瀬さん、ご活躍なんですね。ご苦労です。
■ほんの少々採れました
茄子です。那須ではありません。茄子・なす・ナスが採れました。はじめまして、kuma3ちのベジタブルなんです。
このように貴重な取り扱いです。
さあ、「焼きナス」にしましょうか、「ナス味噌」にしましょうか、「漬物」にしましょうか、「味噌汁」に入れましょうか?。「そのまま」食っちゃいましょうか。
そんなに悩む問題でもありませんな。haihai。
その後・・・、やっぱし「味噌汁」の具に採用されたとな。(6/16)
●五平餅を作ってみました。
イッチョ、行くか!、とoku3と意見が一致。南信州人なら、誰でも知っている<五平餅>を作ってみました。同音異語で<御幣餅>もあるが、kuma3の場合は【五平餅】でないと駄目。『むかし、昔大工の「五平さん」という方がいて、いつもご飯を団子にし串に刺して味噌ダレつけ、お弁当に持ってきた。』 『それがいつしか・・・で、有名になった』とさ(kuma3の50年前の記憶)。南信州人(とくに飯田・下伊那地方)には 県歌「信濃の国」と合わせて、いくつになっても死ぬまで忘れない味だ。おふくろの味だ。
多少潰したご飯を手で(kuma3のおふくろは確か竹の輪の型にはめた様に記憶している)、平たい団子状にし、平らな串(これは特別に知人から調達)に2個を刺す。もちろん炭火、五平餅専用の<焼き台>(これは田舎から調達)で、こんがり焼く。それに「秘伝の味噌ダレ」をつけてちょっとあぶる。香ばしい匂いがプ~~~ン。さあ、お食べ!
タレには、クルミ、山椒、ごまなんか入ってなんとも香ばしく田舎の味だよね。
おっと、これを食べてはいけません。
失敗作です。
昔は、自分の家で母が作ったご馳走だったが、『「今宮半平サ」にでも行って、五平餅食わまいか』とたびたび連れてってくれたことを思いだす。
●政五郎の祭り仕事V【最終回】
【お祭り警護】5/9
いよいよ、本日で最終回。
【政五郎大いに語る】
・やっぱり神輿が入るといいですね。
→ だろ!
・今日はまた「粋ないでたち」ですねえ。
→ 俺もいい男だろ! 捨てたモンじゃないだろ。
・お酒は呑まないんですか?
→ からっきし駄目なんだ、甘いモンのほうがいいね。
・祭りが終わると、このお仮屋どうなっちゃうんですか?
→ そりゃ、みんな一気に潰しちゃうのさ。1回モンだからヨ。
・次の「お仮屋」予定は?
→ 8月の富岡八幡宮の舞台造りだな。また撮りに来てよ。今年は陰だけどね。
鳶頭!、貴重なものを拝見させていただきありがとうございました。 下総の熊可”ゐ こと 熊が愛
三鷹市の上連雀、下連雀の地名は、ここの旧町名「連雀町」に由来する。覚えておこう。
そうそう、皆様のアンコールにお応えして「須田町中部町会」の<女神輿>をもいちどどうぞ。
あれから1ヶ月も過ぎ、今日は築地の波除稲荷神社、浅草の矢先稲荷神社の例大祭があったんですね。
●政五郎の祭り仕事Ⅳ【5夜連続】
【お仮屋造り】5/3 午後その2
【政五郎大いに語る】
・国からご褒美貰ったんですよね。
→ ああ、いただいたよ。平成5年、労働省の「現代の名工」100人の
1人として卓越技能賞受賞。この「お仮屋造り」に対してね。それから平成6年には、黄綬褒賞受賞もいただいたよ。
・日光江戸村に鳶頭(かしら)の館があるんですって?
→ ああ、あるよ。これかい。ここにものってるよ。kumagaiさん今度一緒に行こうか?
・ちょっと足引きずってませんか?
→ ああ、ちょっと調子悪いんだ。歳だね。
・「千組」の<千(せん)>て言う字は、普通の字じゃないですよね。
→ そうなんだよ。よく見ると下がハネてんだろ。普通の活字じゃ無いわな。
「江戸消防千組」の方々は、江戸時代より続く伝統の「刺股乗り」という芸も年1回披露してくれる。日本で唯一の芸である。さすが、「鳶」にしてできる芸。H20年正月、富岡八幡宮での奉納風景も一度ごらんあれ。
●ちょっと無理してないかい!
・・・なんて言ったら、地元の方に怒られちゃうかも。さっぽろテレビ塔。『テレビ塔のテレビ父さん』っていうですって。公式サイトまである。
という訳で、いちおう上ってみました。パノラマ写真で札幌の風景をどうぞ。
【南】
【西】
【北】
【東】
●政五郎の祭り仕事Ⅲ【5夜連続】
【お仮屋造り】5/3 午後その1
【政五郎大いに語る】
・「物差し」なんか使わないんですか?
→ そんなものいらねえ。すべて勘だけでやってるのさ。体が覚えてるのさ。
・「かぶってる帽子」は何ですか?
→ これかい!、これはね、米海軍航空母艦キティホークの乗員の帽子さね。昔、米軍で梯子乗りを見せたときに、司令官からもらったのさ。気に入ってんだ。いいだろ。
・そんな高い所に登って大丈夫ですか? 歳考えてくださいよ。
→ おう、大丈夫だよ。登るのが商売だからな。
・他にも神田祭で「お仮屋」造ってるんですか?
→ おお、やってるよ。須田町中部町会もそうだ。
●政五郎の祭り仕事Ⅱ【5夜連続】
【お仮屋造り】5/3 午前その2
【政五郎大いに語る】(聞き手はkuma3)
・道具をもつ利き手は?
→ 左手サね。ギッチョというわけだ。
・いつからこの仕事をやってるんですか?
→ 14歳からず~っとこの仕事をやっているさね。これっきゃやってねえンだ。やんなっちゃうよ。
・今、お幾つになられたの?
→ 昭和6年生まれ78歳になったかね。あと何回富岡見れるかね。でもね、まだ若いモンに任せておけないね。
●まあ、たくさんの傘・かさ・カサ
関東地方も梅雨入り
したそうです。「傘
は、いりませんかぁ~」「300個の傘
を、いっぺんに見たことありますかぁ~」。ここは創業140年「MATSUYA GINZA」デパート。1Fのスペース・オブ・ギンザ。1Fから最上階までの吹き抜け空間に傘
、かさ
、カサ
・・・。その数300個とな。
下から見上げれば、ほらごらん!
上から見おろせば、こんな感じ。
ドキドキしますね。高所恐怖症の方はちょっとオモラシしますね!![]()
やっぱり、この辺で見るのが一番よろしいようで・・・。
紫陽花、あやめ、泰山木・・・。梅雨もいいモンです。春があるから梅雨がある、梅雨があるから夏がある。kuma3、しとしと雨大好き。心が洗われるようで。haihai
kuma3、これより蝦夷へ出張る。今宵は、現地からレポートできるカモ?。決してこれを見に行くンじゃありません。仕事・仕事です。やぁ~~、いいタイミングでいいものが見られそうだ。
●政五郎の祭り仕事Ⅰ【5夜連続】
去る5月初旬行われた江戸「神田祭」。江戸町火消し「二番組内千組」鳶頭山口政五郎さんの『祭り仕事』を密着取材した。ご本人了解のもと、本日より5夜連続で皆様にお伝えする。政五郎さんも今までこのような密着取材をしてもらったことがないと、喜んでおられた。鳶の<祭り仕事>とは「お仮屋造り、そして祭りの警護などを意味する。
■お仮屋造りの一部始終、まぎれもなく本邦初公開(政五郎さん公認)。時刻を追って「お仮屋の出来ていく具合」がご覧いただけます。編集はすべてkuma3工房。どうぞ、ごゆるりとご覧下さい。
【お仮屋造り】5/3 午前その1
★手賀沼愛情物語Ⅱ
さてさて、この続きです。
そのとき悲劇が始まった。危機一髪!
その模様をどうぞ。
バックグラウンド・ミュージックは、「手賀沼のさざなみ」じゃなかった・・・![]()
①ドナウ河のさざなみ (イヴァノビッチ)
②白鳥の湖より4羽の白鳥踊り (チャイコフスキー)
③白鳥 (サンサーンス)
④白鳥の湖より情景 (チャイコフスキー)
kuma3の絶叫する声も。oku3の声も入ってます。
字幕解説も入れてみました。
軽快な音楽の調べにのって、それではどうぞ。
お楽しみいただけましたかなむ。
本当に白鳥クン、危機一髪でしたね。
kuma3この頃Youtubeに凝ってます。明日からも連日やりますよ。
●泰山木(たいさんぼく)
我孫子の手賀沼遊歩道で見かけました。「これが、タイサンボク」とoku3に言われて気がつきました。
大山木または泰山木と書くそうで、大きいものは高さ20m以上になるそうです。5月から6月にかけて、次々と大輪の花を咲かせるそうですが、まだつぼみでした。
葉の長さは20cm前後と大きいですね。高木で高いところに花が咲くので、なかなか近くで見ることが出来ようで、また木の梢に上向きに咲くので、近寄ってみる機会が少ないそうです。kuma3ラッキー!
kuma3しっかり見ました。香りもよいそうですが感じませんでした。
モクレン科 モクレン属.
原産 北アメリカ南部
花言葉 威厳 壮麗 自然の愛情 高貴
まるでkuma3みたい~~。osomatsu!
★kuma3ちの小鳥たち
「kuma3ガーデンに小鳥を呼ぼう」なんて、oku3がはじめましたが、いつしか餌はからっぽ、餌を食べてるところ見たことない。
ヨシ!、と言うことで3時間ビデオ廻しっぱなし。来ました来ました!、沢山の小鳥たちがkuma3ちに集合。ぜ~~んぶ、スズメたちでした。スズメの生態がわかって、楽しいですよ。「ちょろちょろ」と噴水の音も入っています。鶯の声も入っているかもしれません。いいところの映像を<つまんで>9分間。バックグラウンドミュージックはボサノバでThe Shadow of Your Smile そしてMoon River。楽しい気持ちでどうぞ。
いかがでしたか?。ご感想をどうぞ。
■ツターンカーメン王のエンドウ豆
こんなエンドウ豆があるんですね。ororoita。正式名称「紫御膳(ムラサキゴゼン)」。道の駅「しょうなん」で発見しました。
道の駅「しょうなん」の説明文によると(一部kuma3補足)
『1922年、イギリス人 ハワード・カーターによりエジプトの<王家の谷>のツターンカーメン王の墓の中から2000点をこえる金銀財宝と共に、3000年以上の前のエンドウ豆が発見されました。カーターが国に持ち帰って植えてみたところ、なんと紫色のさやの実がなりました。クレオパトラ王女も食べたであろうこの実を彼は大事に育て、増やし、仲間に分けってやりました。その子孫がこの豆です。18歳で亡くなったツターンカーメン王は、今から3000年以上も昔のことで、その副葬品の中からこの豆が見つかりました。
今、話題のエンドウ豆です。
赤エンドウの一種で赤紫の花で、莢は赤紫になり、豆は緑色から茶色に変わります。豆は普通のエンドウ豆と同じく食用になります。
食べてから、又報告しますね。
【補足】
以下の写真はkuma3Fu~Fuが2006年9月15日エジプト旅行した時の実際の写真です。本物です。
エジプト旅行も3年まえの話です。
★柏レイソルダンサーズ
柏市沼南公民館まつり、オープニングイベントで<ダンサー>が踊るというので、年ごろのビチピチギャルがご出演かと思って、期待に胸を膨らませて参りました。予想より相当お若いギャルの出演でございました。そうですねえ、10歳ぐらい予想よりお若いでしたね。もちろん、それでいいのでございます。異議なし!
![]()
で、やっぱり動画撮りましたよ。ご覧下さいませな。
続けてどうぞ。
いかがですか?。かわいいギャルたちですね。将来が明るいですね。あ~~ぁ、50年前の昔に戻りたい。
●学園通りのセンセ
kuma3ちの前の道を勝手に「学園通り」と申しております。誰も文句は言いません。どうしてかって?。それはね、カルチャーセンターがあるのでございます。その名も<沼南△□学園>と称されます。「柏市沼南公民館まつり」を見てきましたがそこでもいろんなサークルをご指導されているそのセンセにお招きいただいて、Fu~Fu で茶会を体験いたしました。はじめての体験。
これが、オラが町の公民館なのであり舛。
茶会のお作法をお教えくださいました。風流でございました。「紫陽花そぼろ」の菓子とてもおいしゅうございました。ご馳走さまでございました。そしてまた、センセつまり「渡辺寶仙」先生の作品もきっちり拝見して参りました。一ヶ所にまとめてみました。どうぞご覧下さいませ。
水墨画、書道、篆刻、いけばな、茶道・・・と何でもこなすすばらしいスーパー・ウーマンなのです。そうkuma3も篆刻やりたいですな。
★水飲みにおいで、ついでにオタベ
今日は朝からしとしと雨。こういう休日もいい。「鶯の声」も、時たま聞こえます。で、先日、kuma3ちに「水飲み」に来る小鳥たちに、餌をあげることにしたんです。oku3の仕業です。結構くるモンですね。
<左>おとといの夕方 <右>今朝
この<すいれんの甕の水>を呑みに「小鳥たち」が集まってくるんです。先日なんか廻りのタイルがビショビショになるくらい遊んでいきましたよ。そのついでに、ご馳走をあげようとしてるんです。一日たてばご覧のように空っぽ。
この頃の休日は、雨模様が多いですが、やっぱり紫陽花は雨に似合いますね。
そこで一句。といきたいですが・・・。関西在住kuma3の友人のHPごらんになってくださいな。「時に俳句、時に独語、時々は渉猟」なかなかいいモンです。「ハイカイ式」様、お元気ですか?。いい趣味をお持ちです。頭脳明晰とはこういう人のことを言うんですね。難しくて難解な文章です。辞書を片手に詠ませていただいてます。
6月前期は、ぼつぼつデンカ?。どんな句を詠まれハリマスヤロナ?。楽しみデッセ。ホンマニナ~~。(関西弁にて)
●両国町歩きⅤ
相撲と関わりのある回向院を見てきました。余りにも有名なお寺なのですが、今回が初めて。(5/22)
力塚が有名ですね。歴代相撲年寄の慰霊のために建立されたんですね。
ねずみ小僧の墓もありましたよ。
猫塚なんていうのもありました。「鶴の恩返し」なら知ってるんですがね。
「当時の土俵の位置」を確認し忘れました。どうしても見たければこちらでどうぞ。
次回はいよいよ最終回。
●両国町歩きⅣ
しまったしまった。江戸墨田区小さな博物館のうち【足袋資料館】(と言っても個人のお宅)を訪問したのに写真を紛失。せっかく親切に双葉山、雷電、大鵬なんかの足袋を見せてもらったのに。残念至極。何でも見せてくれて親切だった。又行こう。
で、かわって【相撲写真資料館】をご案内。工藤写真館のガレージ?がそうなっていた。両国での場所期間中は毎日開館してる。写真お断りだったので、遠くからの風景と、ウインドウにあった写真を撮らせていただきました。
kuma3、1歳の時。覚えてないわね。千代の山が好きだった。
【おまけ】
ご近所を歩いていたら、こんな粋な玄関が。玄関横の両側の壁に<じかに>彫ってある。いいじゃないですか。こういうのも。
江戸にはイロイロある。
★岡田親 錦絵展のすべてⅢ
今回が最終回。米国在住ジャズピアニスト<長部正太>さん登場。岡田さんとは高校時代からの親友だそうで、このイベントのためにワザワザ米国から駆けつけたそうです。
それでは、すばらしい演奏をどうぞ。(3/29取材)
長部さんのHPはこちら。
この期間中に岡田さんの息子さんが経営する築地の「居酒屋」で長部さんのライブがあり、私の友人の還暦祝いも兼ねて寄させていただきました。このライブのなかで岡田さんはドラムで共演されました。きっとすばらしい青春だったでしょうね。これも驚き。何をやってもすばらしい。
岡田さんの本職は京橋にある老舗のお寿司屋さん「京すし」。いちど訪問したらいかがでしょうか。又山口政五郎さんのHPはこちら(kuma3管理人)。
岡田親さま、山口政五郎さま掲載許可ありがとうございました。感謝申し上げます。
■こういうの止めてくれませんかぁ~!
この場合は判る。理解できる。納得できる。文句言わない。情緒がある。
でもね、こういうの止めてくれませんかぁ~~。道路と地続きの敷地で文句言えないけど。
だけどさぁ・・・
間違って投函しちゃワない~~。ご近所のトある<ケンカイ議員>の事務所。
「その神経が判らない。理解できない。納得できない。文句言いたい。情緒なんかない。」なんてこたぁ、決して言いません。
本当は欲しいねえ。陶器で出来たのどこかに売ってないィ~~の。
★【初公開】岡田親 錦絵展のすべてⅡ
前回に引き続いて、お見せします。今回は鳶頭山口政五郎さん率いる江戸消防彩粋會による「木遣」および江戸町火消「千組」による「お座敷梯子乗り」。これは、この錦絵展(~火消しに惚れた~)開催のご祝儀にと特別に披露されたもの。政五郎さんご専属取材班としてご指名で取材させていただいたものです。後者の『お座敷梯子乗り』は、政五郎さんが<お座敷芸>として考案したもので、江戸ではいや日本では二つとないものなんです。従って、ブログ公開はもちろんのこと、みなみな様方には、【本邦初公開】という貴重なものでございます。約10分間、江戸情緒をお楽しみ下さい。それではごゆるりとどうぞ。(3/29取材)
まさに、「~火消しに惚れた~」でございました。
次回は、最終回。米国在住ジャズピアニスト長部正太による演奏の模様をお伝えします。
●大相撲五月場所観戦記Ⅸ
大相撲五月場所観戦記も遂に今回が最終回。小気味いいこの跳ね太鼓の音色。江戸の情緒だねえ。
そうだ、想い出しますこの歌を。 俺は村田だ! おれはムラタだ!
『男の土俵』。
昭和38年。今から46年前の歌だ。(ホントに齢を重ねましたねぇ)
櫓太鼓が 隅田の川に
ドンと響けば 土俵の上で
男同士の 血潮はたぎる
負けてなるかと ドンとぶつかれば
髷も乱れる 髷も乱れる 大銀杏
さあ、「大相撲五月場所観戦記」の締めくくりに、今宵もご一緒に。「大きな声」で歌おうではありまへんか。焼酎片手にね。一層、焼酎の味が引き立ちますよ。
なんとも三味線の音がうれしい。なんともムラタの声が若々しい。なんとも昔が懐かしい。生きててよかった。
●【特別公開】日本水準原点Ⅲ
さて、多分日本のブログではまだないと思う。ましてや国土地理院でもないと思う。「日本水準原点の裏側」をお見せしよう。シャレじゃなくて文字通り「裏側である」。
まずは、正面からの写真をご覧頂こう。よく見ると筒抜けて後ろの木々が見えるよね。
ここから逆につまり裏から覗いてみようという魂胆。
裏の扉も開けていただいた。地下10mまでの模様もよく分かる。
「明治」の<明>の字が「<眀>治」となっている。
やや!、正八角形の台石にこんな刻印が。隠れたところにもお名前が。こりゃわからない。(きっと本邦初公開)
左90°回転して正視してみよう。

陸軍大将、中将、当時の陸地測量部も名を連ねてる。日本水準原点の話、ためになりましたかな?
●大相撲五月場所観戦記Ⅷ
【白鵬-日馬富士】 全勝同士の戦い。
さすが、白鵬、最後は「足払い」でチョン!。しかし、結局優勝は日馬富士だったよね。誰か言ってた『モンゴル連中で優勝の廻しっこするなんたぁ、いい加減にセンカイ!」ってね。そうだそうだそう思うkuma3も。
立行司は、腰に短刀を差している。ところで、相撲部屋っていくつあるか知ってる?。現在52を数えるそうな。その部屋は5つの一門、すなわち出羽海、立浪、二所ノ関、高砂、時津風だ。一番多いのが二所ノ関一門で14部屋所属してるとな。


















































































































































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